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Waltz darling


−息が白くなるのを確かめる季節−

子供にとっての「秋」とはその程度の意味しか持たないものだ。
移り往く紅葉に「人生」を重ねる事も知らない。それはきっと幸運なのだと思う。
そんな他愛ない幸運も、口紅の味に慣れた頃には終わりを迎える。
乾いた風は葉を散らすだけでは物足りず、私に人恋しさを耳打ちするのだ。
きっと人は皆、こうして秋を「大人の季節」にしてしまうのだろう。
自分の肩を抱くのは、他人の方がいい。

「蒔季さん!」

「え・・・?」

不意を突かれると私は『少女』の顔になる。

「あぁ、やっぱり蒔季さんだ!」

少し懐かしい笑顔が、そこにはあった。
この健やかで無防備な笑みを見ていると、私は無性に
「何が『やっぱり』なのか」を問い質してみたくなる。

「・・・秋桜君。久し振りね」

「はい!あえっと、卒業以来だから...」

「5年、かな?そうよね、何もしないとあっという間ね」

と、ごく当然の様に襟元に遣る右手が、不意に空を切る。
私は漸く、在りもしない髪を払おうとしていた事に気付た。

「・・・でも秋桜君、よく私だって判ったわね?ショートに
 したのはコレが初めてなのに」

「・・・あの頃の蒔季さんなら多分・・・判りませんでした」

「あ、えっ!?」

また不意討ちだ。無防備なのはむしろ私の方なのだろうか?

「2度目です。その後ろ姿」

「・・・話が見えないわね。何なの?」

「あの時・・・あの舞台の後も・・・」

「舞台・・・?・・・あぁ・・・アレね・・・見てたんだ?」

「は、はい!あ、スミマセン・・・」

昔はこの直ぐ謝る癖が可愛いくて、よくイジワルもしたけれど、
彼の存在は兄妹の居ない私の「隙間」にはとても収まりが良かった。

(舞台か・・・)

五年前−つまり高校時代、私は演劇部に籍を置いていた。推薦者曰く
「校内1『男役栄え』する女」
が私だったそうだ。「演劇=宝塚」という短絡思考を諭す事もなくAランチ3日分で
引き受けたのは、断った後の事を考えるのが煩わしかったのともう一つ。
演技は私にとって呼吸の様な物だったから。

幼い頃、私は「不仲」という物を両親に見る。
時には長い沈黙に。時には激しい口論に。
「パパとママと私」
そんな普通の家庭に憧れる私に出来る事は、精一杯「子供」を演じる以外には無い。
それも今思えば、単に自分を保つ手段だったのかもしれない。
何れにせよ、私は両親を縛る「鎖」になる事を選んだのだ。

そして離婚の日。
父と母もこの時とばかりに声を揃えた。
「蒔季ももう解る歳だろう?」
あの日の彼らの晴れやかな顔を、私は生涯忘れない。
私の求めていた笑顔。私を断ち切った笑顔。
「北風と太陽」、どちらを演じても私の求める結果は
得られなかったという事なのだろう。

(『鎖の私』、か。)

しかし、離婚は新たな観客を呼ぶには格好の舞台だったらしい。
周囲の人は「同情」「激励」「嘲笑」の見返りを否応なく求める。
最早千切れた私は、各々の希望通りの演技を披露する
『女優・蒔季』になっていたのだ。

「ねぇ、あの頃の私ってどういう風に見えたの?」

いつもよりずっと歩幅を縮めて歩いているにも拘わらず、
なかなか隣に並ぼうとしない彼を、私は肩越しに振り返る。

「最初は近寄り難い感じでしたね」

「ふぅん。まぁそうかもね。元々眼がキツイから」

「背も高いし」

「『タッパ』だけで主演女優を選ぶのもどうかとは思ったけどね」

「そんな事無いですって!蒔季さん以外の主演なんて・・・」

「あぁハイハイもうそれは良いから。で、他には?」

「んー、凄く大人っぽくて、あとは・・・その・・・」

「なーによぅ?怒んないから言いなさいな。心配しなくても
 この歳になって『チョークスリーパー』なんかしないわよ」

「あの・・・巧く言えないんですけど・・・えっと・・・」

「・・・5年振りにキめてみましょうか?」

「あ言います言います!!」

「ち。『魅惑の圧迫感』を辞退するなんて生意気な。で?」

なんとか的確に伝えられる言葉を、と模索している様が見て取れる。
そんなに言いにくい印象とは一体。

「・・・『この人は何故、こんな処に居るんだろう』って・・・」

「・・・・・くふっ!」

「な、なんです!?」

「あはっはっはっはっはぁ〜ナニソレかっこいい〜!!」

「・・・だから言いたくなかったのに!!」

憮然とした態度なのに俯いて泣きそうになるのが可愛い。
だからこそ、突きつけるナイフの切っ先はより恐怖を増す。
そして恐怖に抗う術は「虚勢」と決まっていた。

「あ〜あ〜拗ねちゃった!でもそんな『異次元からの使者』
 みたいだった?私って?」

「・・・そういう意味じゃないけど、もういいです。そうしときます」

『・・・そうかもしれないわよ・・・』

聞こえてもいい、と思いながらも声を抑えて呟く自分が情けない。
それは未だ迷いを断ち切れずにいる、という事だ。

陽は、既に朱から赤になっていた。

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