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第 5 章

かくして《第2回・柏木家大富豪大会》の火蓋は切って落とされた。
 例によって楓ちゃんと初音ちゃんはコンビを組み、配られたカードを見ながら二人で戦
術を検討し合っている。
 それにしても千鶴さんのあの溢れんばかりの自信は一体どこから……まさか大富豪の達
人に教えを請うたとか? 或いはトランプに何か仕掛けでも施したとか?
 そんなあほな、と一人ボケツッコミができないのが怖いところだ。当の千鶴さんは、鼻
歌混じりで手持ちのカードを整理している。

 ――とにかく、現時点では何ともいえない。暫く様子を見るか……。


 まさか、こんな結果になろうとは。
 予想外の光景に俺は茫然としていた。

 「……上がりです」

 「どうして勝てないかなぁ……一度は勝ったのに」

 「楓お姉ちゃんの作戦がうまくいったね」

 「…………………………………………」

 トップの座には、再び楓ちゃん&初音ちゃんコンビが返り咲いた。
 俺は相変わらずの二位をキープ。強いんだか弱いんだか分からない。これだけなら昨日
と変わらないが、低位層に異変が生じたのである。

 千鶴さんが、現在最下位をノンストップ爆走中なのだ。
 始める前は自信たっぷり余裕の表情を浮かべていたのに、今や哀れな敗北者のそれを浮
かべ、悄然としていた。
 ……あれは一体なんだったのですか、千鶴さん?

 「しっかし千鶴姉もだらしがないねぇ。さっきは絶対勝つみたいなこと言ってたくせに、
最下位独占じゃない」

 「……………………」

 おお……梓の慈悲とか温情とはまるで縁のない言葉にも、一瞥をくれるだけで済ませる
とは――これはある意味怖いぞ。

 「で、でもさ、千鶴さんもしかして何か秘策を用意してあるんじゃないの? ここから
大逆転劇が始まるとか……」

 そうでもなきゃあの妙な自信の説明がつかない。俺の問いかけに千鶴さんはぽつりと、
だがはっきりとこう答えた。

 「……必勝法を、授かってきたんです」

 「必勝法って……大富豪の?」

 初音ちゃんの問いに頷く千鶴さん。
 なんとまぁ、本当にいるんだなそんな人が。俺の冗談みたいな想像が的を射ていたなん
て……。

 「……どういうことを教えてもらったの?」

 半ば憐れむように、楓ちゃん。
 それから千鶴さんは、鶴来屋で大富豪が強い人間を足立さんの協力も得て探しだし、勝
つコツを伝授してもらったのだと語った。

 ――お茶目なことするなぁ足立さんも。

 会長がこんなだと社長も染まっちゃうのかな、などと不埒なことを考えてしまった。

 「あのねぇ千鶴姉……そういうしょーもないことに足立さんや鶴来屋を巻き込まないで
よ……」

 憮然として梓が言う。ほんとにとんでもない会長だ。

 「でも、それでどうして勝てないんだろうね?」

 初音ちゃんがフォローする。しかし理由は簡単なことだった。
 その達人が教えてくれたのは、俺達のやっているルールではあまり意味を成さない勝利
の方程式だったのだ。
 柏木家のルールの確認をしないで勝利を確信してしまったのは、粗忽といって差し支え
ないだろう。まぁ、大富豪のルールって地方によって違ったりするから無理もないけど。

 そしてそのことに勝負半ばで気がついてしまった千鶴さんは調子を崩し、連続最下位記
録を更新してしまったのだ。――哀れなり。

 「さて、どうする千鶴姉。もう一勝負といこうか? もうやめとく?」

 揶揄するような口調で梓が勝負の再開を促す。千鶴さんは無言だ。

 「そうだな……じゃ、今夜はあと一回やったらお開きに――」

 「待って下さい!」

 千鶴さんが何かを決意したような声で言った。

 「――最後の勝負は、また賭けませんか?」

 「……もしかして、《一日女王様》権を?!」

 俺の問いに千鶴さんは静かに頷く。その瞳に熾火のような揺らめきが宿っているかのよ
うに見えた――背水の陣だ。

 「ただし! 万が一梓が勝ったとしたらそれは無効とします」

 「えー! なんでよー?!」

 「あなたは今日一日十分に女王様気分を味わったでしょう?! 二日連続なんて許さない
わ!」

 いや、それ以前にまだ俺達は承諾したわけじゃないんですけど。

 「あなたたちもそれでいいわね?」

 ねめつけるように年少組に承諾を求める。反対できるわけもなく、楓ちゃんはおずおず
と、初音ちゃんは半泣き状態で首を縦に振る。

 「これで耕一さんが承諾してくれれば決まりです」

 「……あたしの意見は……?」

 梓が無駄な抵抗を試みるが、千鶴さんの眼光に屈したかのように「なんでもないです」
といって服従の道を選んだ。この、根性無し!

 ここで「いやぁ、それはもう勘弁だよ千鶴さん」と苦笑混じりに言えば……。

 「分かったよ千鶴さん……勝負だ」

 ――言えるわけがなかった。だって千鶴さんなんか目が怖いし……。

 
 勝負なんてものは気合いを入れればなんとでもなるもんよ、と昔大学の友人が言ってい
たのを思い出す。今度そいつに会ったら目を覚まさせてやろう。

 「……上がりです」

 「やったぁ!」

 「うーん……やっぱ昨日の勝利はまぐれだったのかなぁ……」

 「……………………………………………………………………」

 明日の《一日女王様》権を獲得したのは、楓ちゃんと初音ちゃんの年少組だった。
 不思議なことに最後まで変わらず、俺は二位。なんだか今後の俺の人生を暗示している
みたいで少しブルーが入った。三位は梓で、最下位は言わずもがな、千鶴さんだ。

 気合いを入れてもカードの巡り合わせは如何ともしがたいのだと、千鶴さんが悟ったか
どうかは定かではない。

 「あ……でも、この場合はどうなるのかな」

 「どうなるって、何が?」

 「だって……勝てたのは殆ど楓お姉ちゃんのおかげで、私はあんまり役に立ってないか
ら……」

 困ったように初音ちゃんが言うと、楓ちゃんが視線を俺に向ける。分かってるって、安
心してくれ楓ちゃん。

 「何言ってんの、確かに楓ちゃんの戦術は見事なものだけど、それは初音ちゃんの強運
があればこそなんだよ?」

 「そ……そうかな……」

 「確かに……革命をおこしても更に革命で返されるなんて思わなかったよ」

 梓の援護射撃が入る。俺もあんなもん始めてみた。それも二回も。そんなの別に珍しく
もなかろうというつっこみは勘弁してくれ。……誰に言ってるんだ俺?

 「というわけで、明日は二人が女王様だ。それでいいよね楓ちゃん?」

 「……はい」

 嬉しそうに、応えてくれた。
 ――ほんとうに、優しい子だな……独り占めだってできたのに。できたけど、そんなこ
とを決してしない子だってことを俺は知っていた。

 「ほんとに……いいの?」

 困惑しつつも喜びを隠せないといった表情で初音ちゃん。

 「もちろんだ、明日は二人の言うことなんでも聞くぞ」

 「わぁ、どうしよう楓お姉ちゃん、なんでもいいんだって!」

 微笑ましいことこの上ない。
 ま、この二人ならそう無体なことも要求しないだろうし、気が楽だ。

 「しっかしまぁ、千鶴姉はいい面の皮だね」

 いまだカードを握ったままの千鶴さんの肩がぴくっと震えた。あまり刺激するな、梓。

 「要するに、勝負運ってやつがないのかな。負けっぷりが見事な人なんて始めて見たよ」

 まだ大丈夫だ、ここでやめておけば笑って済ませられるぞ梓。

 「大体、陰でこっそりと必勝法なんてものを教えてもらうなんて姑息なことするのがい
かにも千鶴姉らしいっていうか……」

 こら、その辺でやめないか。

 「今日だって実は楓と初音に言い含めてたんだろ? 夕食後にまたトランプをやろうっ
て。それでうまいことそそのかして《一日女王様》権をゲットするつもりだった……図星
かな」

 時々、思うことがある。
 梓は、マゾなんじゃないかと。
 千鶴さんにいじめられるのが実は嬉しいのではないかと。

 「……………………うふふふふふ」

 笑っている。 人として大切ななにかを捨て去ってしまったものの笑みだ。
 いや、鬼なんだけどね。

 「梓ちゃんたら……もう……くすくす……」

 「……え……な、何……?」

 「いやねぇ……お姉さんをつかまえて『姑息』だなんて……」

 「いや……それは……あのー……」

 「あまつさえ寸胴で貧乳で偽善者で会長であることを利用して私事のために足立さんに
迷惑かけてそれで負けてりゃいよいよ耕一さんに呆れられるなんて……」

 「……………………」

 「おしおき……しちゃおうかなー」

 まさか二晩連続でこうなるとは。しかも昨日より状況はデンジャーな気がする。だって
今の千鶴さんをどうやって止めたらいいんだ?! 
 いや、手はある。手はあるのだがあれだけは……。

 「お兄ちゃん……」

 「耕一さん……」

 何かを期待するような二対の眼差しが、俺の背中に突き刺さる。言えというのか……あ
れを口にしろと言うのか君たちは?!

 「重そうねぇ……こんなに重くちゃ、邪魔でしょう……?」

 「あ……あぅ……じゃ、邪魔……です……」

 怯える梓の前に座り込み、千鶴さんの光る繊手が例によってまた梓のチャームポイント
に触れようとしている――分かったよもう、言えばいいんだろ、くそ!

 「そういえば千鶴さん、手料理はいつご馳走してくれるのかな?」

 ロックオンしたミサイルが今まさに発射される寸前、攻撃中止の命令が耳朶を打ったか
の如く、千鶴さんの動きが止まった。

 「俺、実は楽しみにしてたんだけど……でもほら、千鶴さんも忙しそうだからちょっと
言い出せなくて……」

 その時、修羅の鬼相が天女の慈顔に変貌していくその様を、俺は確かに見た。生涯忘れ
得ぬ光景となりそうだ。

 「楽しみに……していてくれたんですか……?」

 梓の元から離れ、こちらを向き、頬を薔薇色に染めてそう言う千鶴さんは、このとき幸
福指数が跳ね上がっていたことだろう。……俺の不幸指数も跳ね上がったけど。ええい、
追い打ちだ!

 「そりゃあ……だって、千鶴さんの手料理なんて滅多に食えないし……それに……」

 「……それに?」

 ここまで言っちまった。もう後には退けん。行け、耕一!  ――進んで魔界の扉を開
けようとするなんて、梓のこと言えないな、俺。

 「今回も、俺のために料理の練習してくれてたんだろ? なんかさ……そういう愛情が
こもった料理って、それだけでもう美味しいと思うんだよね、俺」

 「耕一さん……そんなに……」

 あれ、なんだか視線を感じるな、どこからだ? ちろりと目を動かすと、居間の片隅に
避難していた梓と楓ちゃんと初音ちゃんが俺を見ていた。

 ――耕一……あんたって男は……。

 ――耕一さん……ご立派です……。

 ――お兄ちゃん……ごめんね……ごめんねぇ……。

 彼女たちの無言の賞賛が、俺の心の耳には確かに聞こえた。
 あーもうこうなったら劇薬毒物どんとこいだ! 変種きのこがなんぼのもんじゃい! 
でもできれば千鶴さんの料理の腕が上達してくれてたらいいなぁ……ダメかなぁ……無理
かなぁ……。

 「分かりました……そこまで期待していて下さったのなら、練習していたものはやめて、
とびっきり豪華なものをお作りします!」

 極上の笑顔で、千鶴さんはそう言った。

 ――親父、これがあんたが命を賭して守ろうとしたものなんだよな……。俺、なんだか
いろんな意味で泣けてきたよ……。


 ――翌朝。
 誰にも起こされることなく一人で食卓に着いた俺を見て、梓が「具合でも悪いの?!」と
か失礼なことを抜かしてきた。俺だってやればできるんだ。できなけりゃとっくに大学な
んて留年しまくってるわい。いや、ギリギリかも知れんが……。

 「そうだ、楓ちゃんと初音ちゃんは、今日俺に何をさせるか決まった?」

 「あ、はい……決まりました」

 「ふふふ……楽しみだなぁ」

 楽しみ? てことは、俺に何か芸でもやらせるつもりなのかな。……も、もしや先日話
した飲み会でやった一発芸特集を?! なんてこった、朝っぱらからピンチを迎えることに
なろうとは……。

 「で、何をさせるつもりなのさ?」

 「あのね、今日は一日お買い物に付き合ってもらうの」

 「……洋服とか、色々……」

 「そう……耕一さん、女の買い物は色々大変ですから、頑張って下さいね」

 「…………ハイ」

 ――拍子抜けした。
 まぁ、あんなもん本気で見たがるわけはないよな。


 朝食後――千鶴さんは昨日の朝の落ち込み具合とは対称的に悠然と車に乗り込み、会社
へ。車内で俺に振る舞う料理のこととか考えているのだろうか――。
 梓は家で留守番でもしてるよ、と自室に戻った。
 せっかくの休みなのにちと気の毒だが、気にしないことにした。惰眠を貪ったり漫画を
読んだりと、休みの過ごし方なんていくらでもある。
 そして俺は、居間でお茶をすすっていた。本日の女王――というよりは姫君二人を待っ
ているのだ。

 一日買い物に付き合う、か。――あの二人らしい「命令」だよな。どっちが言い出しっ
ぺなのかな。初音ちゃんだったら一日ずっと遊んでもらう、とか言いだしそうだから、楓
ちゃんかな?

 しかしこれって、デートといえないこともないよな。それもお相手は近来希にみる美少
女二人。……俺ってひょっとして、とんでもなく果報者なんじゃないか?
 なんてことを考えていたら、パタパタと足音が近づいてきた。襖を開けて入って来た二
人を見て、俺は軽く目を瞠った。

 「お待たせ、お兄ちゃん」

 「遅くなってすみません」

 「やあ、おめかししてるね、二人とも」

 ここであらゆる語彙を費やして二人の美姫の可憐な様を表現することはあえてやめよう
と思った。言葉で語れるもんじゃない。それくらい可愛いのだ。手を抜いているわけでは
断じてない。
 ――なんだこの説明台詞的な言い回しは。

 ちなみに俺の格好はジーパンにグリーンのラフなジャケットという、これといって特徴
のないスタイルだ。外見にはあまりこだわらない主義である。

 「よし、それじゃ行こうか」

 「うん!」

 「はい……」

 二つの声が元気よく応えた。
 天気は上々だった。

 

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